「お盆、ですか?」
オレンジ色のライトが営業中のバー全体を照らしている。少々高いカウンターにぐだりと寄りかかりながら、マスターの言葉を反芻した。
「もうすぐそんな時期だろう、確か」
「言われてみれば……?」
裏にあったカレンダーをなんとか思い出す。今日の日付は14日。確かに、このくらいの時期に一斉に大人が休みを取っていた気がする。
マスターに向かって首を傾げるオレを見て、カウンターに座るセンパイは不思議そうな顔をした。
「ワダチんちはなにもしてなかったの? お盆」
「休みだなーとしか思ってなかったですね」
「風情がないなあ」
センパイがため息をつきながらハイボールをあおる。風情がなんだと言われても、前の家族は本当に何もしていなかったから仕方ない。
「せめてお盆くらい死人に思いを馳せてないと。ねェ、マスター」
「そうかもな」
「冷たいなァ」
センパイはわざとらしく背中をすぼめる。はいはい、とそれを適当に流すと、オレはカウンターに両腕をついてゆっくりとあくびをした。昨日は眠れなかったから、立ち仕事は少々こたえる。
「ワダチさあ、昨晩も働いてたんだろ?」
「んぁ……まあ、そうですね」
「じゃあ殺した相手の顔、覚えてるか」
ゆるい眠気に襲われながら、センパイの質問にオレはまた首を傾げる。
「顔なんて覚えなくてもいいって言ったの、センパイの方でしょ」
「覚えてないなァってしみじみするのがお盆なんだよ」
「ふうん……?」
グラスを飲み干す酔っ払いを見ながら、なんとなく納得できないままあくびの涙を拭う。
特別らしいと分かっていても自分がその風習にならうイメージがつかない。お盆という概念の輪郭はぼんやりしたままだ。センパイはニヤリと笑うと、オレの肩あたりを指さした。
「……お盆は死者が帰ってくるからな、殺した相手の恨みで何か不幸が起こんだよ。俺は階段から落とされた」
「それは普通に嘘ですよね」
「…………。」
「な、なんで黙るんですか」
センパイは神妙な顔で黙りこくる。この人をどうにかしてくれと、マスターのほうに目をやった。いつ見ても威圧感のある細い目がゆっくりこちらへ向けられた。
「……港に行けばどうだ? 沈めた死体にまとめて線香でもやってみろ。不幸も軽く済む」
マスターは洗い物の手を止めると、おもむろに小物入れから盆参り用の線香を寄越した。マスター、いつもは味方じゃんか。真剣な声色が変におっかない。なんか背筋が冷えてきた気がする。
「え……う、嘘でしょう? あの、」
「普通に嘘だなァ」
「なんで信じるんだ」
「……。」