お盆の話 -1

「お盆、ですか?」

 オレンジ色のライトが営業中のバー全体を照らしている。少々高いカウンターにぐだりと寄りかかりながら、マスターの言葉を反芻した。

 「もうすぐそんな時期だろう、確か」
 「言われてみれば……?」

 裏にあったカレンダーをなんとか思い出す。今日の日付は14日。確かに、このくらいの時期に一斉に大人が休みを取っていた気がする。
 マスターに向かって首を傾げるオレを見て、カウンターに座るセンパイは不思議そうな顔をした。

 「ワダチんちはなにもしてなかったの? お盆」
 「休みだなーとしか思ってなかったですね」
 「風情がないなあ」

 センパイがため息をつきながらハイボールをあおる。風情がなんだと言われても、前の家族は本当に何もしていなかったから仕方ない。

 「せめてお盆くらい死人に思いを馳せてないと。ねェ、マスター」
 「そうかもな」
 「冷たいなァ」

 センパイはわざとらしく背中をすぼめる。はいはい、とそれを適当に流すと、オレはカウンターに両腕をついてゆっくりとあくびをした。昨日は眠れなかったから、立ち仕事は少々こたえる。

 「ワダチさあ、昨晩も働いてたんだろ?」
 「んぁ……まあ、そうですね」
 「じゃあ殺した相手の顔、覚えてるか」

 ゆるい眠気に襲われながら、センパイの質問にオレはまた首を傾げる。

 「顔なんて覚えなくてもいいって言ったの、センパイの方でしょ」
 「覚えてないなァってしみじみするのがお盆なんだよ」
 「ふうん……?」

 グラスを飲み干す酔っ払いを見ながら、なんとなく納得できないままあくびの涙を拭う。
 特別らしいと分かっていても自分がその風習にならうイメージがつかない。お盆という概念の輪郭はぼんやりしたままだ。センパイはニヤリと笑うと、オレの肩あたりを指さした。

 「……お盆は死者が帰ってくるからな、殺した相手の恨みで何か不幸が起こんだよ。俺は階段から落とされた」
 「それは普通に嘘ですよね」
 「…………。」
 「な、なんで黙るんですか」

 センパイは神妙な顔で黙りこくる。この人をどうにかしてくれと、マスターのほうに目をやった。いつ見ても威圧感のある細い目がゆっくりこちらへ向けられた。

 「……港に行けばどうだ? 沈めた死体にまとめて線香でもやってみろ。不幸も軽く済む」

 マスターは洗い物の手を止めると、おもむろに小物入れから盆参り用の線香を寄越した。マスター、いつもは味方じゃんか。真剣な声色が変におっかない。なんか背筋が冷えてきた気がする。

 「え……う、嘘でしょう? あの、」

 「普通に嘘だなァ」
 「なんで信じるんだ」

 「……。」