2023/05/21

昼下がりの日光が窓から部屋を照らしている。
卓上のサボテン、壁掛けのアイビー、窓際のパキラ。丹念に世話をされた植物は家主に似て堂々とした緑色だ。

家主の鈴森は出かけている。スーパーに行くついでに植物にやる肥料を買い足すのだと言っていた。
ドタバタと音を立てる人間が居なくなり、部屋はすっかりと静まりかえっていた。

頭痛がする。椅子から動く気力すら湧かず、自分は机に突っ伏している。
渡された頭痛薬は飲む気になれなかった。この薬はとてもよく効くから。
なんとなく握っていた薬の箱を机へ手放して、一度だけ深呼吸をした。

「おぅい。真紘」
「……」

明るい声に呼ばれる。
首を少しだけ動かして前方を見る。
先程までは居なかった少年が笑顔でこちらを見つめていた。

「…雨宮」
「はーい。ぼくだよ。」

それだけ言うと、雨宮は机の上をゆるりと眺める。放られた頭痛薬に目を留めた。

「あ、翔が持ってる薬じゃん」
「痛いなら飲めって押し付けられた」
「あいつらしいや」

雨宮はふらふらと、部屋の中を徘徊しはじめる。
自分はまた机の上に伏せた。周囲がしんと静まる。時計の秒針がカチコチと鼓膜に跡をつけた。


…まったく眠れそうにない。
諦めて目を開ければ、アイビーを背に立つ雨宮と目が合う。
彼は指で外を指していた。

「ねー、真紘」
「この世の葉緑体が赤色だったら、ずーっと紅葉が見れるのかな」

薄目で指先を追う。
外干しされた洗濯物の向こうで、街路樹が揺れている。春に生まれた若い芽は透き通った緑色をしていた。
窓の外は眩しすぎる。自分を苛む頭痛が強まった気がして目を逸らした。

「…何の話?」

尋ねれば、不思議そうに首をかしげる。

「気にならない?」
「どうでもいい。考える必要ある? それ」
「楽しいかもよ。頭痛いのも紛れるよ、きっと」

雨宮は笑みを向けてきた。したり顔に見える。
それからしばらく考える素振りを見せて、「葉緑体が赤くなれば…冬でも紅葉みたいなモミが見れるよ」などと要らないダメ押しもつけてきた。

「……緑の方がいい」
「え、そう?」
「綺麗だから」

街路樹が風に揺れている。
ベランダの洗濯物も軽やかに舞っている。取り込む頃にはしっかり乾くだろう。

「植物が赤くなったら…この部屋が真っ赤になるじゃん。ていうか茶もサラダも虫も全部赤くなるし。キモい」
「なんで虫?」
「擬態するから」
「ユメがないなぁ…」

つまらなさそうな声を掛けられる。
夢がないなんて、君から言われるのは変な感じだ。

頭痛がする。深呼吸をしてどうにか重い頭をもたげる。
雨宮は心配そうにこちらを覗き込んだ。
その瞳は、鮮やかな緑色をしていた。

「真紘、また悩んでる~。考えすぎって良くないよ」
「君は忘れられたいの?」
「もっとシンプルにって意味だよ。どうせ答えは同じなんだからさ」
「そう、なのかな」

決めつけられると、そんな気がしてくる。

……彼が見えるようになったのは少し前からだ。
どうして見えるようになったのか、きっかけは分からない。
君は決まって、ひとりになると現れる。

「ねぇ、雨宮」

君の名前を吐息ほどの声で呼ぶ。
…聞こえなかったみたいだ。
当の本人は「リラックス、リラックス~」と歌いながら、どこからか取り出したココアを飲んでいた。

妄想だからって、好き放題するなよな。
雨宮が持つココアのマグカップを眺める。すると彼の手首になにかが巻きついているのが見えた。
目を凝らす。それは細い植物のツルだった。


「やっぱりココアはホットに限るよね。あとミルク!」
「……。」

急に胸がざわついて、もう一度机に突っ伏す。
頭痛がする。
ぜんぶ妄想だ。おれが作った都合のいい夢。だから大した意味は無い。

……。

部屋の外から物音がする。
たぶん、家主が帰ってきたんだろう。

少年の姿は瞬きのうちに消えていた。