真夏の日光がフロントガラス越しに差し込んでくる。
「2km直進です」とカーナビが発したとき、
おれはいよいよ耐えかねて、助手席上部の日よけを引き下ろした。
「眩しいっすよね」
運転席から、鈴森が同情するように言ってくる。
そのくせ日よけを下げずにハンドルを握っているあいつを一瞥し、こぼれかけた悪態を飲み込んだ。
あれから何度目かの夏が巡ってきた。
自分は、二週間後の誕生日までに今の施設を出て行くことになっていた。
それを知った鈴森が二人用の物件に引っ越したというので、今日は強引なプレゼンテーションの末に、その物件の様子を見るために連れ出されたのだった。
「相沼さんはユニットバスでも大丈夫っすか」
車を走らせながら、おもむろに鈴森が尋ねてくる。
「今更それ言う?」
「今更…ですね。言われてみれば」
「…どうでもいいけど」
「よかったっす」
横目にあいつが目を細めたのが見えた。
だからわざとらしくため息をついた。
「文句言ったって無駄じゃん。だってお前もう住んでるし」
「嫌と言われれば対策は考えますよ」
淡々と告げる鈴森に眉をひそめる。
運転手は一瞬こちらへ顔を傾け、そして正面に視線を戻す。
「そんなに嫌なんすか?」
「…別に」
窓の外に目線を遣る。
車窓の先を眺めても、変わり映えのしない街道が続いている。
初めて乗り込む車はどことなく据わりが悪く、クーラーから吐き出される鋭い風も不快だ。
おそらく、この車は無駄に基礎体温が高くて無駄に頑丈な奴のための車だろう。
それならこの居心地の悪さにも説明がつく。犬と同じで主に似るんだ。きっと。
一人合点して、半ば放心しながら到着を待つことにした。
交差点の赤信号が車を出迎える。ゆっくりと速度が落とされていく。
ウィンカーの音が規則的に、小気味良く鳴っている。
「……いち、に……。もう5年になりますね」
鈴森が先程よりも小さい声で話し始める。
「何が」
「最初に会ってからです」
鈴森はそこまで言うと目線を外して、しばらく唸る。
切り出したは良いものの、続けるべきか悩んでいるように見えた。
コイツと最初に会ってから……と聞いた言葉を反芻する。
最初は確か、おれともう一人が一緒に歩くところを見られて……。
「……いきなり怒鳴られた時か。誰だコイツ、信用なんねー! って」
「そうでしたっけ」
「あと、運び屋のことを言った途端にぶん殴ってきた」
自分の左頬をさすれば、思い当たる節があったのか鈴森は黙り込んだ。
あの時は確か…まさか殴られると思わず、そのまま殴り返そうとして横から止められたのだ。
今も昔もロクなもんじゃないな。
信号が青に変わる。
車は緩やかにスピードを上げて交差点を左に曲がる。
ウィンカーが戻ると同時に車内に沈黙が敷かれた。
太陽が右側に移動して、眩しさはいつの間にか和らいでいた。
「そういえば聞いたこと無かったっすけど、運び屋って荷物の中身は知ってたんですか」
「誰宛てに、何が入ってるかぐらいは」
「じゃ、なんで分かってて運んじゃったんすか」
下げていた日よけをパタンと上げてみた。
外は相変わらず、変わり映えのしない街並みが広がっている。
「単価が高いから」
「高いからってダメなのは知ってたでしょう。あんたってそういう曲がったこととか嫌いそうなのに」
鈴森は眉根を下げて、またおれに目配せをした。
何も分かってない、何も理解しようとしていないくせに。
冷房の鋭い風が不愉快だ。冷たい路地のコンクリートを思い出させるから。
ついでに空腹で胃が搾り上げられる感覚すら引き起こされ、おれはひねり出すように声をあげた。
「…ここで降ろしてくれない?」
お前が「これ」を運んでいるのはなんでだろう。
中身は知っているはずだ。金のために法を犯して、人も殺して、後悔してやるつもりもない。手遅れのお荷物でしかない。
吐き気がする。手に持つ理由がただの義理なら、さっさと撤回してくれないか。
「はあ?」
「お前の良い人ごっことおれは関係ないでしょ」
「他にやりたいことがあるんですか」
「……それは」
口ごもると、鈴森は薄らに口角を上げた。
「どうせないなら、俺に付き合ってくれてもいいでしょう」
カーナビが経路変更の知らせを読み上げる。たった今、左折を忘れたみたいだ。
当の鈴森はさほど気にしていないように見えた。車は新しい経路をなぞって粛々と進んでいった。
…ああ。呆れた。
睨みつけても、鈴森はこちらを見ようとしなかった。